何故か「仕事は人間を成長させる」と豪語する悲しい人々

楽な仕事に関して否定的な意見を述べるサイトなどを見ると、必ずこのキーワードが出てきて笑えます。

これってなにか新興宗教の勧誘や怪しい自己啓発の講習の謳い文句に必ず出てくる「殺し文句」ですね。

果たして楽な仕事ばかりしていると本当に人間は成長しないのか?という話に言及してみたいと思います。

言及というか反論ですが。

ここで「人間の成長とは?」と訊くと誰も明確に答えられる人は存在しません。

ただ漠然と「そうじゃないの?」っぽい話に終始するのがこの手の方向に持って行く人の特徴です。

ここで明確に誰でも理解できる話をすると、人間の成長とは個人によって違います。

人間の「幸福度」と同義で、その人の価値観、世の中の風潮、時代の流れ、国によっても地域によってもまた宗教観によっても変わってくることは明白です。

それを楽すると必ず人間の成長は止まると豪語するのは何の根拠があっていっているのか不思議でしょうがないです。

私個人の成長の定義は「変化」だと思っています。

人間の成長のカテゴリーはそれこそ星の数ほどあり、例えば資格試験に向かって猛勉強している、好きなスポーツに打ち込む、海外をいろいろ見て回る、身体を鍛える、趣味に没頭する、結婚して子育てする、ボランティア活動をする、すべてなにかしらの刺激によって人は変化することが成長であると思っています。

この定義ならわざわざ「仕事のみ」に当てはめて人間の成長を語るのがいかに滑稽か小学生でも理解できると思います。

中には「生活のほとんどが仕事なんだからやっぱり一番仕事が人を成長させるだろ!」という意見もありますが、それはあまりに無駄に仕事に時間を割きすぎで、成長とはむしろ真逆です。

日本人の働き方は長時間労働で無駄が多いことはもう世界中周知されていますが、ちなみにおさらいしてみると日本の生産性はOECD加盟国36か国中21位、G7のなかではなんと47年連続最下位、アメリカの3分の2、1位のアイスランドの半分です。

これほど無駄な働き方を続けて「人間は成長する」とは噴飯ものです。

少なくとも今の日本企業で働いて人間の成長なんてありえません。

もう皆さん体験的に気付いているでしょうが、「日本固有の社会に染まる」という意味では確かに仕事は一定の意義があると思いますが、人格者になりたい、社会的に本当に成功したいならば、誰もブラック企業で働いて成長するなんて夢物語だと考えるでしょう。

「人は楽ばかりしてると人として成長しない」は科学的根拠もデータも存在しません。

「なんとなくそうなのかなぁ」「言われてみるとそうのねぇ?」程度のものです。

所謂「根性論」「精神論」といわれる類の代物で、その「教え」をもとに自分の1回しかない人生をその教義に託すほうがどうかしていると言わざるを得ません。

しかも自分のかつて働いた職場や現在勤めている職場の上司や先輩を思い起こしてください。

成長した人間がパワハラやイジメ紛いのことをやったり、労基法無視なんかするでしょうか?

いかにこの言葉が人を洗脳する道具に使われているかは一目瞭然です。

「仕事の熟練度に差が出る」はウソ

これもよくいう言葉のマジックですが、これは職種によります。

専門職や技術職ではその技術を体得するのに苦労するということも十分あり得るとは思います。

しかし、そこまで体得するのに四苦八苦する技術って世の中にそこまであるでしょうか?

医師や看護師や職人といった「特殊な職業」を除いては、ただいるだけでも1年あれば十分得とくできる仕事がほとんどです。

例えば自動車の運転を考えてみてください。

免許を取るとき、教習所に通っていたときはあれだけ苦労した車の運転でも3年も経てば運転するのは楽勝になると思います。

免許を取ったばかりの頃でも危なっかしい運転をしていた人でも1年ぐらい乗ればまったく問題なく運転できるようになるのが大半だと思います。(個人差はあれど)

これは何故かというと「リラックスして運転できるようになり、運転が楽しくなったから」だと思います。

横にうるさい教習所の教官がいたり、または優しい教官でも自分は免許を取るのに「評価されている」側にいることによって極度に緊張し、まったくリラックスできていない、さらに言うとパワハラじみた教官に怒鳴られ続ければその運転パフォーマンスは半分も出し切れずに終わると思います。

だからなかなか運転は上達しないのです。

話が横道に逸れましたが、仕事もそうです。

楽な環境、楽な仕事から始める、そして楽な人間関係で仕事をやればそれだけ仕事効率も急上昇するのです。

難しい仕事をやろうと思ったら「楽な仕事、または楽そうな職場で鍛錬を積め」。

これに尽きます。

前の項でも触れましたが、日本人の仕事効率が世界で悲惨な状況なのは設備投資しないという理由もありますが、無駄に難しいことからやらせる。

勉強でも突然高校入試からやらせるバカがいないのと同じで、最初はひらがなや足し算から覚えると同じです。

そして付け加えるならば、医者や看護師や職人にしてもわざわざ苦労させて覚えさせる必要もまったくない。

よく職人などは「見て技を盗め」などと非効率な教え方をしてきたものだから先人たちは人生の大半を無駄にしてきたと考えられます。

昨今はあまりに厳しい教え方をしているせいですぐに辞めるために(これは当然ですが)、昔の下積み時代というのは急速に短くなってきてるそうです。

昔の寿司職人などは一人前になるのに20年以上かかっていた時代もありましたが、今は1年半ほどで立派な寿司職人になっている人も大勢います。

ラーメン屋の修行なんかYouTubeでつくり方を見て、その後自分で試行錯誤して行列のできるラーメン店になっている店なんかゴマンとある。

昔のように罵声を浴びせられたり、殴られたりということなしに「名人」と言われるようになった人のほうが現在はかえって多いぐらいです。

また、芸人の世界を見ても一目瞭然です。

今でこそ芸人養成所などがありますが、昔は売れている芸人の「付き人」「弟子」になるしか芸人になる道はありませんでした。

それこそ殴られ怒鳴られ、理不尽の塊が「師弟制度」だったのです。

ところがこれが一転します。

ダウンタウンが「師弟制度なんかくだらん、あれ意味あるの?」という疑問からできたばかりの吉本養成所の1期生として入りました。

その後のことはいうまでもありませんが、ダウンタウンはお笑い界の大御所として君臨し、事実上師弟制度というものは崩壊しました。

その後の松本のインタビューでも「弟子になってたやつで売れたやつのほうが少ないちゃうかな」と語っています。

酷な言い方をすれば、それだけ芸人になるのに無駄な理不尽な苦労は無用だったということです。

まずは、目指す仕事、やりたいことがあるのならば、「近道を探せ」です。

「金持ちになりたい」と漠然と思っている人で社畜になっている人はいません。

常に彼らは「どうやったら簡単に金が稼げるか?」を考え、実践しているのです。